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皆さんこんにちは!
合同会社CLAS-LAB更新担当の中西です
~「保護の場」から「働く権利」へ~
就労支援事業は、単に「仕事を紹介するサービス」ではありません。
そこには、社会の価値観の変化、法律の整備、現場の試行錯誤が折り重なってできた長い歴史があります。
昔は「働くこと=本人の努力」になりがちでした。けれど今は、本人の強みを活かし、環境を整え、職場と支援者が連携して“働き続ける”を支える時代へ。
その道のりを、まずは大きな流れから見ていきましょう📚
目次
戦後の日本では、生活困窮・疾病・障害・家族事情などにより、働くことが難しい人が多くいました。社会保障や雇用の仕組みも発展途上で、支援は「生活を守る」ことが強く意識されていた時代です。
この頃の支援は、いわば“就職の前段階”というより、
生きるための土台づくりが中心でした。
日々の暮らしを整える
体調を回復させる
社会とのつながりを戻す
生活リズムを作る
就労支援事業の歴史は、最初から「一般就労へ一直線」ではなく、こうした土台づくりの積み重ねから始まっています。
就労支援の歴史で大きな節目の一つが、1960年(昭和35年)に身体障害者雇用促進法が制定されたことです。日本で初めて、障害者雇用に関する法律が定められ、法定雇用率の考え方(公的機関は義務、民間企業は努力目標)が示されました。
ここで重要なのは、障害のある人の就労を「善意」や「個人の努力」だけに任せず、
社会の仕組みとして支える方向へ舵を切ったことです。
次の大きな転換が、1976年(昭和51年)に法定雇用率が企業に義務化されたこと。納付金制度もこの流れの中で整備され、障害者雇用が社会全体の負担で支えられる仕組みが強化されました。
制度が強くなると、企業側には「雇用を実現するための工夫」が求められます。
同時に、支援側にも「働けるように整える支援」だけでなく、職場で働き続ける支援が重要になっていきます。
この頃から、就労支援は少しずつ「福祉の内側」だけで完結しなくなり、
企業・地域・行政とつながる方向へ広がっていきました🤝
障害者雇用の制度は、時代とともに対象が広がっていきます。
1987年(昭和62年)に「障害者の雇用の促進等に関する法律」へ改正し、対象を拡大
1998年(平成10年)に知的障害者の雇用が義務化
2018年(平成30年)に精神障害者も雇用義務の対象へ
この流れは、就労支援事業にとっても大きな意味があります。
支援対象が広がるほど、必要な支援も多様化します。
体調の波への対応(精神)
得意不得意の可視化(発達特性を含む)
コミュニケーションの調整
職務の切り出し、環境調整
定着支援(相談窓口づくり)
“支援の専門性”が高まっていくのも、この歴史の必然でした🛠️
制度の歴史だけでなく、現場の形も大きく変わります。
かつては、授産施設や小規模作業所など「福祉の場で働く」形が中心でした。
それが2000年代に入ると、支援の考え方が変わっていきます。
決定打となったのが、障害者自立支援法(2006年施行)の流れの中で整理された就労系サービスです。
代表的なものとして、次の事業が体系化されました。
就労移行支援:一般就労を希望する人に対し、訓練・実習・就職後支援を一定期間で行う
就労継続支援A型:雇用契約に基づく就労機会を提供し、一般就労への移行も支援
就労継続支援B型:雇用契約は結ばず就労機会を提供し、移行に向けた支援も行う
ここでのポイントは、「就労支援」が制度上も明確な“事業”となり、
全国で支援の選択肢が増えたことです📌
この時期を境に、就労支援事業は次のように整理されていきました。
いきなり就職だけを目指すのではなく、段階(ステップ)を作る
本人の状態像に合った支援を選べるようにする
企業と連携し、職場実習や定着支援を組み込む
支援者の役割が「訓練」から「調整・伴走」へ広がる
“働く”は、人生の中心に近い営みです。だからこそ、制度だけでなく、支援の思想そのものが成熟していきました。
就労支援事業の歴史は、
生活を守る支援 → 雇用制度の整備(1960・1976) → 対象拡大(1998・2018) → 就労系サービスの体系化(2000年代)
という流れで、「社会の中で働く」を現実にする方向へ進化してきました。